Komogomo
広報誌こもごも


当園の広報誌「こもごも」は、「悲喜(ひき)こもごも」より名付けています。
「悲喜(ひき)」とは「悲しさと喜び」、「こもごも」は「入り混じる。次々に」を意味します。
総じて「こもごも」は一人ひとりの心の中が、嬉しさと悲しさで入り混じっていることとなります。
当園の広報誌は、利用者様のおひとりおひとりの毎日に寄り添ったものでありたいとの願いを込めて作成させていただいております。
体位変換と端座位の正しい意味を最近やっと理解で
きた行事委員の叶です。
7月7日に向け、職員が取りに行った竹に、ご家族様
が送って下さった短冊を、それぞれのフロアーに飾
りつけしました。家族様の想いの詰まった短冊に、
利用者の皆さん
「嬉しいわ」と見入っておられました。
お孫さんからの
「おばあちゃんのいつも元気なニコニコ笑顔が見ら
れます様にみんなで応援しています」
や
「コロナが収まっておばあちゃんとおかしを食べな
がらおしゃべりできます様に」
や
「ドラゴンボールの悟空になりたい」
というほっこりする短冊や
「100歳目指して元気で楽しく過ごしてね」
「おかんが健康であります様に」
という息子さん、娘さんからの短冊、なんと100枚
以上園に届いております。沢山のご協力ありがとうご
ざいました。
皆さんの願い事が叶います様に(^^)/
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近畿地方が早くも梅雨明けし、猫にとっても人間 にとっても厳しい暑さが続く為、体調管理に注意を しなくてはと思う行事委員の叶です。 6月の誕生日会が行われ、ウクレレ奏者のK課長の演 奏に合わせ、誕生日の曲や6月の歌「夏は来ぬ」をみ んなで歌って誕生日をお祝いさせて頂きました。 今月はめでたい事に「100歳」になられる方が2 名もいらっしゃいます!!丁度誕生日会の日に100歳 を迎えられたHさんは 「自分がまさか100歳を迎えられるとは思っても見な かった。故郷の舞鶴のトレトレセンターの魚が食べれ るようにこれからも長生きしたい!!」と元気にお話 をしてくれました。 これからもお元気で長生きをして頂けたらと職員一 同願っています(^^)/ Ⅿさんも、ご家族様からの誕生日プレゼントの服を着 用されておりとても素敵で似合っていました♪♪ 6月生まれの皆さん♪本当におめでとうございます |
介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。
今回も委員会で配布したコラムですが、
ある御利用者との思い出です。ひまつぶしにどうぞ♡
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委員会が始まるまでの暇つぶしコラム |
『社会人のマナー』
いつものように仕事をしていたら、PHSに相談員から連絡が入った。
「入院中のSさんが亡くなった」との事。
僕はいつもの様に仕事をする。
企画部に行き、次の入園者について話し、
何日かしたらSさんの家族が引き継ぎの為に来園されるから、挨拶に行く。
この時神妙な顔を作り、お亡くなりになった事を
悔やんだフリをするのが社会人のマナーなのだ。
Sさんは明るい性格で、声を掛けるとその返しがユニークだった。
「もう夜やで。」というと「アラそう、一緒に寝る?」とか、
「朝ご飯やで。」なら「アラ嫌だ、メイクがまだよ。」
なんて具合だ。
Sさんは僕が棟のリーダーをしている時入園された人で、
僕達は利用者の入園までの経緯を「生活歴」の欄を
読む事で知る事が出来る。Sさんの生活歴には
「横浜で軍人である夫と結婚し、
夫からかなりの暴力を受けていた」と
壮絶な出来事が一文にまとめられていた。
この一文の中身を想像すると、そんな事を感じさせない
彼女の明るさ(下ネタが多かったケド)は
強く気高いものだと感じるには充分だった。
Sさんには一人娘が居たが、保証人は娘婿で、
第二、第三保証人もそれぞれ孫であった。
入園当初、娘さんは頻回に面会に来ていた。
面会に来ると居室の掃除をしたり足のマッサージをしたり…
僕が一度
「細目に面会に来て下さりありがとうございます。」と言ったら
「大変な父の為、母はいつも苦労していたんです。
だからもう大好きな母に苦労させたくないんです。」と
母親への愛情をストレートに伝えてきた。
僕はその時まだ娘さんの想いを知らなかったので
そのストレートさに珍しさと羨ましさを抱いた。
そんな中でもSさんは、居室で転倒したら
「ベッドの下にイイ男が居ないかなって思って…」とか
「今は朝?夜?昨日の夜激しくって解んなくなっちゃって…」とか、
少しずつだが確実に、肉体も頭脳もその機能が低下し、
その事を自覚していたが、彼女の強さが冗談で包み明るく見せていた。
Sさんの生活歴の所にはもう一つ記入されていて
「一人娘が居るが身体が弱く介護が行えない」といった内容だ。
娘さんはいつも夫婦で来て旦那さんは
居室前のソファに座ってボーッとしていて、
娘さんがSさんの所に行って話したり掃除をしたりしていたのだが、
そのボーッとしているはずの旦那さんが僕の所に来た。
「入園する前から妻は癌であった。だから母親を施設へ入れた。
治療をしていたが再発した。治る見込みはない。」との事。
僕はストレートに大好きと言える理由がほんの少しだけ解った。
居室では親子水入らずで「お母さんどう?」
「ここは男前が少ないから嫌になっちゃう。」
なんていつも通りの会話をしているが、確かに娘さんは痩せている。
旦那さんは「今日を最後の面会にしようと話し合って来た。
どんどん痩せて弱って行く姿を見せて心配させたくないから。」と言った。
娘さんはSさんに笑顔で「またね。」と言って立ち上がり、
背を向けた瞬間、堪えていたであろう感情があふれ泣き出していた。
顔をクシャクシャにして大粒の涙をこぼしながらも、
後ろにいるSさんには決して解らないよう振る舞い、
僕にいつものように「お願いします。」とだけ言うと、
いつもはエレベーター前で見送るSさんに手を振りながら帰るのに、
見送ろうと必死に車椅子をこいで
Sさんが後ろから来ている事を知っているのに、
そそくさと帰って行った。
「アラ、愛想の無い子ねぇー、誰に似たのかしら。」
と言うSさんに「親の顔が見たいよ。」と返すと
「アンタともう1人作ろうか。」なんて話していたが、
心の中では「娘さんはSさんに似てとても強い人だよ」と
感動しつつも、こんなSさんとの明るい会話に助けられ、
僕は介護のプロとして笑顔でSさんの横に居る事が出来た。
しばらく経ったある日、相談員から
「Sさんの娘が亡くなったが、本人には伝えない意向である」
との連絡が入った。
僕達は意向を申し合わせ伝えなかったのだが、
ある日、僕はSさんと何かの会話の流れで
「子供は宝」みたいな事を話した時、
Sさんは「私の娘は最近全然顔を見せないのよ。
この間来た時だいぶ痩せていたからもう死んじゃったのかしら。」
と冗談を言った。…というか、冗談だったのか、
全てを理解した上での彼女の強さだったのか、
最後の面会の時よりも認知も進行していたし、
解らないし、確かめようもない。
僕は管理職となり日常的にSさんと関わる事が減り、
Sさんと最後に交わした会話は
「嫌ね私ボケちゃって、その内何も解らなくなって、
娘の旦那に手を出したらどうしよう。」という「らしい」会話だった。
Sさんは亡くなった事で娘さんとの
「またね」を果たしている事だろう。
今頃娘と2人で御主人をボコボコにしているのだろうか…
いやSさんはそんなに弱くないか。
「アンタで我慢するか!」なんて冗談を言って
親子3人で一緒に居るんだろうなーなんて、
そんな事を考えるとほんの少しだけ胸がクッとなるが、
油断すると少しだけ顔がニッとなってしまう。
だから家族に挨拶をする時は
神妙な顔を作って亡くなった事を悔やむフリをしなければならない。
それが社会人のマナーだから…
おしまい
(I’m so happy that I met you♡)