Komogomo
広報誌こもごも


当園の広報誌「こもごも」は、「悲喜(ひき)こもごも」より名付けています。
「悲喜(ひき)」とは「悲しさと喜び」、「こもごも」は「入り混じる。次々に」を意味します。
総じて「こもごも」は一人ひとりの心の中が、嬉しさと悲しさで入り混じっていることとなります。
当園の広報誌は、利用者様のおひとりおひとりの毎日に寄り添ったものでありたいとの願いを込めて作成させていただいております。
楽しいから笑うのではなく 笑うから楽しい
「鍋猫」といって鍋に猫が入っている姿は
可愛い猫のしぐさランキングで5位にはなると思う
行事委員の叶です。
梅林園で「お鍋の日」が開催されました。
梅林園の入園者さんは、北は北海道、
南は沖縄と全国各地の出身の方がいらっしゃいますので、
様々な「ご当地鍋」や「郷土料理」の話を聞かせて貰い
民謡や清心保育園の子供達の歌声と共に放送させて貰ったり、
昼食は人気鍋の「ごま味噌ちゃんこ鍋」を提供するとともに。
鍋奉行一行が回らせて頂きました(^^)/
すき焼きには「かしわを入れたら美味しい」という方や
「具材は物々交換だった」と話される方。
ご当地鍋話を聞くことが出来、心も体もホッカホカな一日でした(^^)/
早くコロナが終息して来年こそは、大鍋で煮込んでみんなで食べたいですね。
介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。
またまた、委員会にて配布したコラムを掲載します。
僕の悲しい思い出についてです。ひまつぶしにどうぞ♡
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委 員 会 が 始 ま る ま で の 暇 つ ぶ し コ ラ ム |
『フィードバック』
皆さんは「フィードバック」という言葉を御存知でしょうか?
フィードバックを上手く行える事は指導者として必要なスキルで、
人からフィードバックを受けるという事は、仕事のみならず、
自らを成長させる手助けとなるのです。
知っている人も多いと思うので簡単に説明すると、
砲撃手がミサイルを目標に向かってドーンと打ち、第三者が、
着弾点が「目標から西に◯◯フィード、北に△△フィードずれている」と伝え、
砲撃手がそれを元に修正し目標に弾を当てるという事で、
実行した事のズレを伝え、そのズレを自ら修正させる事で成功に導き、
結果として成長させるという事をフィードバックといいます。
5月初旬、長女が11歳の誕生日を迎えたが、僕はビックリした。
プレゼントは服を自分で選んで買いたいと言うのだ。
もうオモチャよりも自分を着飾る物が欲しいという年頃に成長してしまった。
もちろんコロナの影響で買い物には行けないから、
娘は僕のスマホを使ってAmazonの奥地へ冒険に行ったのだが、
楽しそうに選んでいる娘を見ていると、ふと「ある出来事」を思い出した。
僕が中学1年になった春、母が僕に
「そろそろ自分の服は自分で選びなさい」とお金を渡してきた。
これまでは母がイトーヨーカドーで買った服を着ていた訳だが、
何だか大人になった気がして嬉しくて、
僕の考え得る最高のオシャレスポットである「ジーンズメイト」へ向かった。
オシャレな洋楽が僕を迎え、店員が全員サーファーに見える。
ズラリと並んだオシャレな服の中から必死にコーディネートを考え服を買った。
すごく気に入って、しょっちゅうその服を着て、
意味もなく当時好きだった子の近所をウロウロしたりしていた。
夏休みとなり、車で田舎へ帰省する途中、僕はトイレがしたくなって
サービスエリアに寄ってもらった。車から降りてトイレに行こうとすると、
母が「姉もついでに行っとき」と言ったが、
姉は「イヤだ、だって介男の服ダサすぎて恥ずかしい!」と言った。
僕はカチンときて、「はぁ!?」と返すと、
母が「いいのよ、介男が自分で選んだんだから」と姉に言った。
その瞬間、僕は母の「いいのよ」の前にあるであろう
“ダサくても”という言葉を読み取り、衝撃を受けた。
1人でトイレに行き鏡を見ると、最高にオシャレだと思っていた魔法は解け、
メッシュのVネックTシャツに
七分丈のダボッとしたデニムを履いた短足のブ男が映っていた。
「あぁ…俺は元々の見た目が悪い上にオシャレのセンスもないな」と心から思った。
車に戻ると「眠たいから寝る」と訳の分からん理由を言って、
鞄からパジャマを取り出し車内で着替え、ふて寝した。
その日から僕はオシャレを諦め、今でも嫁さんに選んでもらっている。
もし初めて1人で買いに行ったあの日に母が
「このメッシュは下に何か着た方が良い」とか
「短足は七分丈はやめた方がいい」と
フィードバックしてくれたらズレを修正し成長したかも知れないのに
「アラ!ダサい!!でも介男が自分で選んだんだし黙っておこう♡」と思った母は
本当にアホだ。
「あの服」を着て当時流行っていた「ボディーガード」の
ケビン・コスナーを意識して眉間に皺を寄せ、
公園に座っていた僕は決してアホではなく、
母のフィードバックを受ける事が出来なかった被害者なのだ。
もし部下や同僚等の仕事がズレていたら、その人の成長の為に
フィードバックをしてあげて下さい。
もし上司や同僚から指摘や文句を言われてもフィードバックを受けたと考え、
自分の成長に繋げて下さい。完璧な人間なんて居ないから「出来ない事」は当然あります。
だけど「出来ないままにしない事」が大切なのです。
フォローしてもらいながらフィードバックを受け、出来るようになったら
「出来ない人」のフィードバックをする。
だから「出来ない」で悩まず、周囲からの指摘を恐れず頑張りましょう。
ひょんな事で魔法が解け、真実が見える事があるかも知れないから…
そんな事を考えながら僕は、必死に服を選ぶ娘がもしズレていたら
しっかりとフィードバックしてやろうと待っている。
俺は母とは違う。
ひーちゃん、いつでも父ちゃんに聞きなさい…
(ナレーター)
そう考え「父ちゃんコレどう思う」をひたすら待つ父であったが、
その質問が来る事はなく、後日、嫁さんと娘で相談して買った服が、
どさくさにまぎれた嫁さんの服と一緒に届いたのであった…
おしまい
介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。
えー今回も、僕が委員会にて配布したコラムの紹介。
ある利用者の体験談です。ひまつぶしにどうぞ♡
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委 員 会 が 始 ま る ま で の 暇 つ ぶ し コ ラ ム |
『雲泥の差だけど産んでいいのさ』
僕の家は毎年正月にカニを食べる習慣があったが、
僕だけエビフライが出された。
あの地球上で最も旨いとされるカニを僕以外は食べ、僕はエビフライだ。
当然、親の目を盗んでこっそりと食べた事があるが、
そんな時は脇腹や肘の辺りにボツボツが出来、ピリピリ痛み、ムズムズ痒くなる。
そう、僕はカニアレルギーなのだ。(オーマイゴット!!)
中学生位の時、母親に
「カニとエビフライは釣り合っていない、ここはウナギだ」と交渉すると
「ウナギは皆も食べたくなるしダメだ、せめてシメサバだ」と、
まさかの2ランクダウンの品を提示してきた。
(そもそも皆も食べたくなるって何やねん!!)
負けるものかと
「ホタテより下のラインは認めん」と食い下がると
「ウチは兄弟3人共アレルギーがあってそれぞれ我慢しなくちゃいけない」
と公平性を主張してきたが、僕にとっては絶好のチャンスだ。
なぜなら姉の金属アレルギーはまだしも、妹のアレルギーはアロエだ。
あんなもんアレルギーでも、無人島でヤケドした時以外困る事はない。
アレルギーは不平等だ。
「俺のアレルギーが一番つらい、カニは我慢する。だからウナギを!!」
「アナゴなら」
「安い!!」
なんてやりとりをした結果、僕はアレルギー治療の為通院する事となり、
確か6~7か月位でカニを食べられるようになった。
あっ!!そういえばヤケドで思い出す人が居るんヤケド、
ちょっと書いてみる。
今から15~16年前、背中の真ん中辺りに10㎝×15㎝程の
うっすらとしたアザのあるTさんという利用者がおられた。
Tさんに「背中に四国みたいな形のアザがあるの知ってる?」
と聞くと「知ってるも何も忘れられへんで」と言って話してくれた。
Tさんは山の中にある小さな集落に住んでいて、
産婦人科どころか医者すらいない所だった。だから自分が妊娠してるって
解るのも、トイレがしづらくなってから気付くらしい。
当然予定日とかも解らないから、その日もいつもの様に大きなお腹で
畑仕事をしていたら突然産まれそうになって、頭の先が出て来たそうだ。
(あくまで本人の話)
同じく畑仕事をしていた姑さんを死ぬ思いで呼び、
手を貸してもらいながら家に着くと、
姑さんはコタツをひっくり返しTさんをその上に寝かすと、
コタツの足に両手両足をしばり、さっきまで畑仕事をしていた手を
水でササッと洗い、そのまま引っ張り出して出産をしたんだって。
普段使っている包丁でへその緒を切って“薬に使うから”って保管して、
胎盤は壺に入れて庭に埋めたらしい。出産が痛くて痛くて
気が付かなかったそうだが、この時背中をヤケドしたんだって。
ちなみにこの時はアロエじゃなくて「キュウリのクサレ汁」を塗ったらしい。
(なんちゅーネーミングなんだ)その後Tさんは7人産み、
2人が1歳になる前に死んだそうだ。
2人目以降は妊娠中に旦那が藁でシーチキン…じゃなくて綱(つな)を作り、
天井から吊るし、その綱(つな)を握って立ったまま産んだんだって。
(これがこの地方のスタンダードなやり方らしい)
悪魔?が子供に宿るから出産の時に声を出してはいけない
ルール?信仰?もあったそうだ。
普段は芋とか野菜を食べるんだけど、産後は母乳を出す為、玉子粥に
かつお節をかけたのを食べて、それがとーっても美味しかったんだって。
8人産んだけど、やっぱり1人目は大変で印象に残っているそうだ。
すごい体験ですよね。
現代の出産と全く異なる、なんて言うか、精神も肉体も強い。
長年介護職をしているけど、80歳以上で喘息とかアトピーとか花粉症、
アレルギーの利用者を見た事が無い。
(そろそろオチへ向かうか…)
僕達介護職員は、このすさまじい時代をたくましく生き抜いて来られた
強さにかなり助けられているのだろうから、
梅林園が100周年を迎える頃の介護職員は大変だろうと思う一方で
「昔はよかった」と「昔は大変だった」が常に混在している事を考えると、
「有事大変という自体変」なんだと思う。
(キマッた!!)![]()
おしまい(I want to eat crab)